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... (第2巻―道武帝時代/第3巻―明元帝時代):2008年10月,7-5423-1784-1. 第3冊(第4巻―太武帝時代・上):2008年9月,7-5423-1726-1. 第4冊(第5巻―太武帝時代・下):2008年9月,7-5423-1786-5. 第5冊(第6巻―文成帝時代/第7巻―献 ...
446年は北魏の太武帝が廃仏をおこなった年。 彼は後に宦官に殺され、さらにそのあとを継いだ者まで同じ宦官に殺害されている。 それゆえ、仏罰だという声もあるようだ。 まあ、世の中よくわからない因果ってのはあるもんだよな ...
... そうした組織化に貢献したのが道士寇謙之であり、彼を信任し道教を信仰していた北魏の太武帝(在位四二三ー四五二)は儒士崔浩らの言を入れ、四四六年、僧尼の増加や瀟洒な寺院が数多く造営されることによる国家財政の圧迫と僧尼の堕落から ...
... 北魏の太武帝による遠征軍が攻め込み、逃亡中に可汗が死亡したものの、なんとか強勢を維持していた柔然でしたが、やがて550年頃、トルコ系遊牧騎馬民族国家の突厥(とっけつ、トゥルク)の侵攻によって陥落しました。 ...
... この時期、仏教は北魏の太武帝(446年)によって二度ほどの弾圧を受けますが、それを経た後はますます信仰が盛んになっていたのだそうです。「如来三尊立像」(6世紀)に見る顔つきが明らかにガンダーラ仏とは異なっています。 ...